新教育の森:不登校の子集めた「ゆるやかな学校」−−東京・高尾山学園
◇出席率6割超の実績
不登校の子どもたちを受け入れる全国初の公立学校「東京都八王子市立高尾山学園」が開校から5年目を迎えた。小中併設の学園では児童生徒の出席率は6割を超える。授業を密着取材し、成果と課題を探った。
◆得意分野を伸ばす
「生クリームを入れましょう」「そろそろ火を弱めて」。女性講師の指導を受けながら生徒が鍋の中のホワイトソースをかき混ぜる。2月19日、家庭科室では男女11人がエビグラタンづくりに挑戦していた。講師のほか数学や英語の教師ら4人も加わっている。毎週火曜日と木曜日の午後に2時間通しで実施する体験講座の一コマだ。中3の女子生徒(14)は「みんな優しくて大好き」と笑顔で話した。
開校時から続ける体験講座はバドミントンやサッカー、ゴルフなどのスポーツのほか、陶芸、ピアノ、絵手紙など20種類を用意。積極的に外部の講師の手も借りる。不登校問題に関心を持ち、開校の準備段階からかかわってきた山村幸太郎校長は「得意分野を伸ばし、子どもたちに自信をつけさせるため」と説明する。
◆高校進学率は88%
学園は国の構造改革特区の一環として、不登校児童・生徒への体験学習を中心に据え04年4月に開校した。学習指導要領にとらわれず、教育課程を大幅に弾力化。小学部と中学部には現在、東京と近郊の子どもたち計112人が在籍する。開校時から授業の出席率は6割を維持し、06年度は卒業生58人のうち高校に進学したのは51人(公立31人、私立20人)で、進学率は約88%に達した。
高い出席率を支える試みの一つは「ゆるやかな学校生活」。登校時間は朝が弱い子のために通常より1時間遅い午前9時半に設定した。遅刻や早退は職員室のホワイトボードに時刻と名前を書き込めばOK。授業の途中退室・出席も認めている。1週間の授業時間数は23コマで、一般の公立中より5コマ少ない。
卓球台や漫画雑誌、ソファなどを備えたプレールームには、児童厚生員2人が常駐する。休み時間が終わっても教室に戻らない子どももいるが、「教室に行きなさい」とは言わない。「今度の授業どうしようか」と優しく声をかけ、自発的に出ていくまで根気強く待つ。
進学や就職を控えた中学部では、2、3年生を対象に5教科の時間を多くした「C(チャレンジ)コース」か、音楽や体育など実技中心の「B(ベーシック)コース」を選べるようにした。中2の場合、Cコースは5教科が週12時間、実技が5時間、Bコースは5教科が9時間、実技が8時間。コースは2カ月ごとに変えることができる。
◆対人関係築く試み
こうした「ゆるやかな学校生活」を可能にしているのは、スタッフの手厚い配置だ。教員15人に加え、カウンセラーや指導補助者らを含め計45人が生徒の指導や相談に当たっている。山村校長は「欠席率を考えると、児童生徒2人に1人のスタッフがついている計算になる」と話す。
集団行動や自己表現が苦手な子どもたちへの配慮もある。クラス編成は学年別だが、集団行動になると、著しく緊張してしまう児童生徒については、学年の枠を超えた10人前後の小グループを編成し、複数の教職員が指導している。
自己表現や他人との関係を築く技術を磨くため、週1回の特別授業「SSP(Social Skills up Program)」も実施している。臨床心理士の資格を持つスクールカウンセラー3人が担当し、例えば図形カードを見せて何を連想するか、自宅で火災が起きたら何を最初に持って逃げるかなどを話し合わせる。他人が自分と違う考えを持ち、大切なものが人によってそれぞれ違うことを認識させる狙いだ。カウンセラーの金崎直子さん(32)は「最も難しい人間関係を円滑にするための力が育つ」と意義を強調する。
◆「百者百様」の原因
さまざまな取り組みが功を奏し、学校へ行けなかった子どもたちの出席率は6割を維持し、高校進学率も全国平均並みに高い。究極的には全員の出席を目指すという山村校長は、平均4割の欠席者への対応を課題の一つに挙げる。工夫を凝らしたカリキュラムに加え、家庭訪問や個別面談も繰り返してきたが、これまでに最高の出席率は7割程度。いじめや家庭内での人間関係などの要素が複合的に絡み合って不登校となり、親子とも原因が思い当たらないケースもあるだけに、対応は難しいのが現状だ。
入学前から親子の話を聞く機会の多い相談員の小池国雄さん(69)は「不登校の原因は『百者百様』。だから学校に来てくれる理由も一人一人違います」と話す。ある日突然来る子もいれば、突然来なくなる子もいる。「共通の対策を立てることは不可能。地道にその子が何を考え、学校に何を求めているのかに頭をめぐらせることが大事です」。現場での手探りが続く。
◇個々に応じた支援を−−慶応大・伊藤美奈子教授
不登校に詳しい慶応大の伊藤美奈子教授(教育学)に現状と課題を聞いた。
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全国に不登校の児童生徒は約12万人おり、横ばいの状態が続いている。最近は原因が多様化し、対応に苦慮するケースが増えている。
こうした現状に対し、学校現場の対応も多様化しており、別室登校や放課後登校による受け入れも増えている。高尾山学園のように個々のニーズを見極め、それに応じた教育を施すことも大切だ。一方で、学園の手法には「甘い」という批判もあると聞くが、家でひきこもっていた子どもたちにとって、学校の正門をくぐることは大きな一歩であり、個々の状態に応じた支援が求められている。
国や自治体の支援は着実に充実している。だが、首都圏と地方では教育支援センターやスクールカウンセラーの配置に大きな差があり、地域間格差の解消が課題でもある。
不登校の兆候を見抜くのは非常に難しい。大切なのは一人の子に複数の教師の目を向けること。教師は一人で抱え込まずに情報を共有し、SOSのサインを見過ごさないようにすべきだ。
◇既存校と違う学びの場、規制緩和を受け9校設置
不登校の児童生徒を対象にする新しいタイプの学校は、02年の構造改革特別区域法施行によって、設置できるようになった。「既存の学校に通えなくなった子どものために、まったく違う学びの場所が必要」という現場の要望が多かったためだ。
学校設置者は学校の敷地や校舎を所有しなくてはいけないという規定があったが、規制緩和で撤廃された。学校を作ろうとする自治体や学校法人、NPO法人は文部科学相に申請書を提出。認められれば構造改革特区で指定を受ける。
現在、指定を受けた公立学校は高尾山学園や▽京都市立洛風中学(京都市)▽岐阜市立陽南中学分教室(岐阜市)など5校。私立は▽東京シューレ葛飾中(東京都葛飾区)▽星槎中学(横浜市)−−など4校。
学年を超えて習熟度別授業をしたり、「コミュニケーションタイム」を設けて友達と話し合う時間をつくる学校もあり、それぞれ独自のカリキュラムには学力や生きる力をつけるための工夫がほどこされている。
不登校の児童生徒数は91年度に約6万6000人だったが97年度に10万人を突破。06年度は12万6894人になった。少子化の進行とは逆に増加傾向は止まらず、中学校では35人に1人の割合となっている。
文科省は、不登校の子どもが通う民間のフリースクールでの出席数を、小中学校での出席数として認めたり、スクールカウンセラーを増員するなどの対策を講じている。今後は社会福祉の知識を持つスクールソーシャルワーカーの配置に向け調査を進め、効果的な学習カリキュラムの開発をNPO法人に委託するなど対策を強化する。


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