【教え育てる】「教員の創意工夫が児童の自主性はぐくむ」加藤三明・慶応義塾幼稚舎長
私の肩書「舎長」は一般の学校の校長職に当たりますが、児童からは「カトセン」と呼ばれています。担任をしていたころから「加藤先生」を縮めた「カトセン」で通ってきました。私自身、いずれは担任に戻るつもりでいますから、肩書で呼ばれるよりは名前で呼ばれたいのです。
こう書くと「自分から格下げ希望?」と驚かれるかもしれません。しかし、舎長の役割は、先生方が高いモチベーションを維持して日々の教育にいかに意欲的に取り組むか−そのための環境づくりをすることにあるというのが、幼稚舎の伝統的な考え方です。
言い換えれば、1年生から6年生まで1学年4クラス、計24人の担任と専科の先生たちの新しいアイデアや工夫などを、幼稚舎という枠組みの中でいかに実現させるか。舎長はそのための“調整役”であり、全教員の“代表者”であって、決してトップダウン型の指導者ではないのです。
つまり一人一人の先生方の自主性を尊重することが基本ですから、学級運営も担任によってさまざまです。
たとえばマンガを持ってきてもいいクラスとだめなクラスがあります。トランプや シャープペンなども各クラスで担任と児童が相談しながら規則を決めます。クラスによって学習の進度も違うし、教材が異なる場合もある。「幼稚舎には24の学校がある」という人もいるくらいです。
それでも慶応義塾幼稚舎はしっかりと統一性を保ち、独自の教育を実践しています。その根源は、福沢諭吉という偉大な創立者の思想を教育方針としているところにあるといえるでしょう。
諭吉が記した慶応義塾の目的の中に「社会の先導者たらんことを欲するものなり」とあります。新しい時代を切り開くような人材を輩出することが義塾の使命であるというのです。それは、ただ与えられた問題をこなしていくだけの人間ではなく、自ら問題を探し出し、解決していくパワーにあふれた人間でしょう。
幼稚舎の教員も、常に好奇心にあふれ、新たな挑戦に貪欲(どんよく)でありたい。ただし、機関車のように児童をぐいぐい引っ張るのではなく、「走るのは君たち自身だよ」と、その背中をそっと押してやる存在に徹したい。それこそが諭吉の精神を現代に生かすことにつながると考えるからです。


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