新教育の森:発達障害の子供が落ち着き取り戻す 特別支援教育のいま
◇個々のニーズに応じて
「特別支援教育」の完全実施から2年余りがたった。知的な遅れがない発達障害の子供たちも支援対象になったのが、かつての「特殊教育時代」との大きな違いだ。何がどう変わったのか、現場を訪ねた。
◆少しずつ苦手を克服
長野市郊外の市立三本柳小学校。3時間目、「特別支援室」に5年生の男児がやって来た。知的遅れはないが漢字を書くのが苦手。教室内を歩き回り、授業を妨害してしまうこともある。けれど、特別支援室で担当の吉岡祐子教諭(46)とマンツーマンで向かい合っている間は楽しそうに学習ドリルをこなしている。
特別支援室は、普段は通常学級で学んでいる学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)など、軽度発達障害の子供たちが必要に応じて週に数時間通って来るための部屋だ。この日の4時間目は、対人関係を結ぶのが苦手な「広汎性発達障害」の子供たちを対象にした週1回の「なかよしの時間」だった。
「あいさつをする時に気をつけることは?」。吉岡教諭が尋ねると、別々の学級から通って来ている3年生の男児3人がわれ先に手を挙げた。「朝友達に会ったら『おはよう』と言う」「相手の目を見てあいさつする」「目上の人にはおじぎをする」
一見すると、何の問題もないやり取りのようだが、3人は普段の教室ではうまくコミュニケーションがとれず、友達もなかなかできない。毎週通っているのに吉岡教諭の名前も、一緒にあいさつの練習をした他の児童の名前も覚えていない子供がいる。だから「なかよしの時間」は毎回、自己紹介から始まる。少人数グループ活動を通じて少しずつ対人関係を形成していくのが狙いだ。
◆「通級」できめ細かく
同小の特別支援室のように、通常の学級から別の教室に通って個々のニーズに対応した指導をすることを、特別支援教育では「通級指導」と言う。同小では文部科学省の「特別支援教室制度に関する研究校」に指定された06年度にスタート。新設した特別支援室と、知的遅れがある自閉症児らが在籍する情緒障害児学級(特別支援学級の一つ)で、保護者の承諾を得た2〜6年生の計15人を受け入れている。
特別支援教育が始まる前にはできなかったきめの細かい指導が、少しずつ実を結び始めている。例えば、「集団の中では学習に集中できない」「漢字が読めずに問題の意味が分からない」「頭痛、吐き気を訴え家に帰ると元気になる」などの困難を抱えた高学年の女児のケース。特別支援室での1日1時間の指導を2年前から続け、並行して普段の授業中も支援員を配置してサポート。さらに週に2時間、市内の特別支援学校に通わせた。その結果、読み書き、計算能力は向上し、教室で集中できる時間も長くなった。頭痛や吐き気を訴えることも減ったという。
◆理想は「級友と一緒」
特別支援教育が始まる以前も、授業中に歩き回ったり、突然パニックを起こす子供たちはいた。しかし当時の対応は、担任の手に負えなくなった場合に教頭や校長らが校長室や職員室に連れ出して落ち着くのを待つ、一時しのぎ的な方法しかなかった。同小の特別支援教育で中心的な役割を果たしている情緒障害児学級担任の村田章子教諭(48)は「3年前まで学級崩壊状態のクラスもあったが、かなり落ち着いてきた」という。
特別支援教育で各学校に配置することが定められた「特別支援教育コーディネーター」を務める村田教諭は、今後の課題は「それぞれの学級で担任が指導できるようになること」だと言う。仮にクラスメートと机を並べたままで個別支援が受けられるのならば、それが理想だ。ただ、そのためには発達障害の専門家ではない通常学級の担任のスキルアップや意識改革も欠かせない。
同小では週に1回、村田教諭が中心となり校内委員会を開いて担任らとの情報交換を行い、年に数回の研究発表も実施。村田教諭は「3年目になってようやく校内の体制が整ってきたところ。まだまだこれからです」と話した。
◇足りない通級指導学級/教員の専門教育は 完全実施から2年、問題点も
特別支援教育の完全実施から2年余が過ぎたが、教育現場からは依然として制度の不備や人材不足などの問題点を指摘する声が多い。「一人一人のニーズに応じた特別支援教育の実現を目指して」と題して、大阪市で6月21日に開かれた「全国LD親の会公開フォーラム」では、特別支援教育の現状と課題について専門家らから厳しい意見が相次いだ。
上野一彦・日本LD学会理事長(東京学芸大名誉教授)が指摘したのが、通級指導学級の設置の遅れだ。文部科学省の調査によると、昨年5月1日現在、通級指導を受けている児童生徒は4万9685人(小学生4万6956人、中学生2729人)。このうち自分の学校内にある教室に通っているのが38・4%で、58・8%が他校通級だった。対象者は小中合わせて年間4000人以上のペースで増えているにもかかわらず、国の09年度予算に盛り込まれた通級指導のための人員増は300人にすぎない。
教員の専門性に関する指摘もあった。柘植雅義・兵庫教育大大学院教授(特別支援教育学)は、英米では日本の「特別支援教育コーディネーター」に当たる人材の大半が大学院で専門教育を受けているのに対し、日本では4%程度にとどまるというデータを示し、「特別支援教育の中核となる人材がこれでいいのか」と問題提起した。
◆どうする高校での支援
大幅に遅れている高校での特別支援教育をどうするかも今後の課題だ。文科省の08年度調査で、生徒への個別指導計画を作成している高校は10・9%にすぎず、小学校(82・3%)、中学校(71・2%)との差は歴然。制度上、高校には通級指導学級がなく、特別支援学級の設置例もほとんどない。
柘植教授は「個に応じた指導を充実させるには高校でも通級指導が必要。国が行わないのならば都道府県が独自予算を付けてでも実施すべきだ」と訴えた。


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